最近の読書(2022年10月)

●スヴェン・ブリンクマン、田村洋一訳「地に足をつけて生きろ! 加速文化の重圧に対抗する7つの方法」、Evolving 合同会社、2022年

 本書の著者は、デンマークのオールボー大学の心理学教授であるとともに、文化評論家です。「この本は、次から次へと自己啓発書を買ってもちっとも幸せにならない読者の解毒剤として書いています。」(P3)とし、自己啓発中毒の人たちが「地に足をつけて、現代の自己啓発ブームに対抗できるように、真面目でありながらユーモラスでもある解毒剤を7つのステップで提案してみました。」(P4)というものです。

 現代の「加速文化」(P13)に適応するために「皮肉な人が生涯学習のことを『死ぬまで勉強』」(P13)と呼ぶことを継続しなくてはならないのだろうか。加速文化においては、「『もっとやれ』『もっとうまくやれ』『もっと長くやれ』と言われる。自己成長そのものが目的化しているのだ。」(P18)

 「実存的不安と不確実性が現代社会を覆っているから」(P19)こそ、著者は「地に足をつけて加速文化を生き抜くために、ストア哲学から学ぶことを推奨する。ストア派の教えは、自制心、心の平穏、尊厳、義務感、そして人生の有限性を考察することを教えてくれる。」(P21)。

 「第1章 己の内面をみつめたりするな」では、「自己分析と自分探し」(P28)を取り上げます。「自分の内側を見つめれば見つめるほど、気分が悪くなる。医者はこれを『健康パラドックス』と呼ぶ」(P28)。ここでは、「直観できめるのか」(P31)、「自分探しをやめる」(P35)、「パラドックス製造機」(P38)と取り組みの問題を示します。最後に、取り組みの例として、「やりたくないことをやること」(P43)を推奨しています。

 「第2章 人生のネガティブにフォーカスしろ」では、「ポジティブの呪縛」(P50)、「ポジティブ心理学」(P52)、「ポジティブで、承認して、称賛するリーダー」(P55)、「被害者を非難する」(P57)、「愚痴れ」(P59)、「人生は続く」(P61)とポジティブに関する問題が指摘されます。これに対し、「ネガティブ・ビジュアライゼイション」(P63)というストア派の技法が推奨されています。

 「第3章 きっぱりと断れ」では、「なぜイエスマンが多いのか」(P73)、「リスク社会における疑念の倫理」(P78)について解説したのち、「反射的にイエスと言うのではなく、『考えさせてください』と言ってみよう。」(P87)と提案されます。

 「第4章 感情は押し殺せ」では、「感情文化」(P93)、「感情文化の帰結」(P99)について解説します。その後、感情の例として怒りを取り上げて、ストア派の思想家セネカの考え方を紹介し、「自分の感情を制御することはある種の尊厳を与えるのである。仮面をかぶる練習をしよう。」(P107)との提案がなされます。

 「第5章 コーチをクビにしろ」では、「人生のコーチ化」(P112)、「コーチングの危険性」(P115)、「コーチングと友情」(P119)について解説します。「コーチングの危険性は、もちろん、立ち止まっていることが許されないことである。いつだって改善の余地があり、改善されなければ自分の責任だ。明らかに努力が足りなかったのである。」(P116)という考え方は、「何か問題があると自動的に自分を批判するようになる。つまり外部の社会的批判を内在化し、それを内部の自己批判に変えてしまうのである。」(P116)と指摘します。

 「第6章 小説を読め 自己啓発書や伝記を読むな」では、「現代の読書の一大分野」(P131)である自己啓発文献(P131)や自伝(P133)の問題点が指摘されます。その問題点に対して、「小説を読むことによって逆境を受け入れる力を身につけることができるだろう。」(P135)として、「毎月最低1冊は小説を読むことだ。」(P143)と提案されます。

 「第7章 過去にこだわれ」では、「加速文化は現在と未来に夢中になっている一方で、過去については見向きもしない。」(P148)のであり、「社会学で定番のトマスの定理は『人が状況を現実と捉えたら、その結果は現実となる。』というもの」(P151)であり、「特定のトレンドを現実と定義したら、それが未来に現実の結果をもたらすことを意味するのである。」(P151)といいます。

 「結論 加速文化におけるストア主義」では、「アクセルを深く踏み込み、制約や義務や約束事に無縁な人間が理想だという『加速文化』から批判的に距離を置くことができるようになっていてほしい。」(P165)といいます。「加速文化の理想とは、(一部略)人生の方向性を見つけ、その努力の成功を自分流に数値化することができる人だ。だからこそ、内省力・積極性・自己実現力を高めることを目的としたセラピー、コーチング、カウンセリングの史上が盛んになっているのである。」(P165)という状況の中で、著者は「こうしたトレンドを理解して違和感を言語化することができるだけでなく、永遠の自己成長を要求する荒海に巻き込まれずに、地に足をつけて生きる術を身につけてもらえたら幸いだ。」(P166)と述べています。

 本書では、現在の加速文化において生き抜いていく7つの方策を紹介しています。加速文化により拡大してきている自己啓発市場に対し、いかに対抗していくべきかが示されています。自己啓発に取り組まなければならないと感じた時、まず初めに、自己啓発が何故求められるのか、自己啓発に取り組んでいく際に気をつけるべきポイントは何かを考えるうえで参考になる書籍です。

【目次】

イントロダクション 生き急ぐ人々

第1章 己の内面をみつめたりするな

第2章 人生のネガティブにフォーカスしろ

第3章 きっぱりと断れ

第4章 感情は押し殺せ

第5章 コーチをクビにしろ

第6章 小説を読め 自己啓発書や伝記を読むな

第7章 過去にこだわれ

結論 加速文化におけるストア主義

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