●ルトガー・ブレグマン著、野中香方子訳「Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章(上・下)」文藝春秋、2021年
著者のルトガー・ブレグマン氏は1988年生まれのオランダ出身の歴史家でありジャーナリストで、「隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働」(文藝春秋)の著者でもあります。
本書では、「人間の本質は、悪なのか、善なのか」という問いへの答えを探求していきます。近代社会を形成していく上で前提とされてきた「人間の本質は邪悪である」ことが、様々な学問分野での見解、過去の研究成果や様々な過去のエピソードの再調査・再検証により、否定されていきます。そして、人間の本質が善であることを前提とした取り組みの事例を通じて、新しい社会の方向性を提示してくれます。
まず初めに、「人間は本質的に利己的で攻撃的で、すぐパニックを起こす、という根強い神話」(べニア説)の確認がなされます。戦時下に爆弾が市街地に投下されている際の人々の冷静な行動、現実に無人島に取り残された少年たちの行動は小説「蠅の王」とは異なることなど、べニア説とは異なることが示されます。
Part 1では、人間の本性は邪悪だと主張したホッブズか、人間の本性は善良だとしたルソーのどちらが正しかったのか、が検討されます。ドーキンスの「人間は生来、利己的だ」という仮説は生物学者の間での支持を失っており、考古学では「定住や農業が始まる前に戦争が起きたという証拠を見つけていない」(上巻P127)こと、イースター島に関する「自己中心的な島民が自らの文明を破壊し尽くしたという物語」(上巻P176)は真実ではない、ことが示されます。
Part 2では、1950年代から台頭した社会心理学による「現代の人間には根本的な欠陥があるという不穏な証拠」(上巻P180)としてあげられる「スタンフォード監獄実験」(第7章)、「ミルグラムの電気ショック実験」(第8章)、「キティ・ジェノヴィースの死(傍観者効果)」(第9章)のそれぞれについて、当初の実験等に関する詳細な調査や追実験の結果からその誤りを指摘していきます。
Part 3では、「なぜ悪は、わたしたちを欺くことにこれほど熟達したのだろうか」(下巻P13)と問いかけ、私たちの「共感」が人類を最も親切な種にしていると同時に最も残酷な種にしていること、17世紀初頭に始まる啓蒙主義から導かれた「資本主義、民主主義、法による支配は、人間は利己的だという原則に基づいている」(下巻P69)としています。
Part 4では、「人間の本性についてこれまでとは異なる見解に基づく制度は設計できるだろうか」(下巻P70)という問いに対し、世の中の流れに逆らい信頼に基づく取り組みの事例を紹介していきます。オランダで最優秀企業に何度も選ばれた在宅ケア組織におけるモチベーションやマネジメントに関する考察、子どもがもっともよく学ぶ「クラス分けや教室のない学校」の取り組み、自治体における市民参加型の予算編成の取り組みやコモンズ(共有財産)に関するアラスカでの永久基金配当金といった「誰もが分かち合う新しい社会へと向かう独自も道」(下巻P147)が紹介されていきます。
Part 5では、イエスの教え、現代の心理学者が「非相補的行動」と呼ぶ「自分の子ども、同僚、近隣の人だけでなく、敵に対しても最善を尽くしたらどうなるだろう?」(下巻P152)という疑問への回答を探求していきます。再犯率の低いノルウェーのリゾートのような刑務所、南アフリカにおける内戦突入を防ぐ役割を果たした一卵性双生児の兄弟の話と偏見を防ぐための交流の重要性、第一次世界大戦前夜のクリスマスイブ、クリスマスにおける敵兵同士の交流、が紹介されます。「人生において大切なものと同じく、信頼と友情、そして平和は、与えれば与えるほど、より多くを得られるのである」(下巻P213)という結論には、明るい未来の可能性を感じさせてくれました。
本書の最後「エピローグ」では、著者が「ここ数年間で学んだことを基盤とする」(下巻P216)「人生の指針とすべき10のルール」を紹介しています。本書で取り上げた人間の本性に対する洞察を経た到達したルールは、これからの来るべき未来に向けての行動指針としてとても有効なものと考えられます。
人間の本性の探求、来るべき社会における人間理解、社会システムを構築する際の視点、そして、今まさに各地で起きている新たな社会システム構築への胎動、など豊富な調査研究に基づく書籍であり、これからの社会のあり方について深く考えさせられました。
序章 第二次大戦下、人々はどう行動したか
第1章 あたらしい現実主義
第2章 本当の「蠅の王」
-Part 1 自然の状態―――ホッブズの性悪説vsルソーの性善説―――
第3章 ホモ・パピーの台頭
第4章 マーシャル大佐と銃を撃たない兵士たち
第5章 文明の呪い
第6章 イースター島の謎
-Part 2 アウシュヴィッツ以降―――
第7章 「スタンフォード監獄実験」は本当か
第8章 「ミルグラムの電気ショック実験」は本当か
第9章 キティの死
-Part 3 善人が悪人になる理由―――
第10章 共感はいかにして人の目を塞ぐか
第11章 権力はいかにして腐敗するか
第12章 啓蒙主義が取り違えたもの
-Part 4 新たなリアリズム―――
第13章 内なるモチベーションの力
第14章 ホモ・ルーデンス
第15章 民主主義は、こんなふうに見える
-Part 5 もう一方の頬を―――
第16章 テロリストとお茶を飲む
第17章 憎しみ、不正、偏見を防ぐ最善策
第18章 兵士が塹壕から出るとき
●ハイディ・グラント・ハルバーソン著、林田レジリ浩文訳「やり抜く人の9つの習慣」ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017年
著者のハイディ・グラント・ハルバーソン氏は、モチベーションと目標達成の分野の第一人者である社会心理学者です。本書は、「仕事や私生活で目標を達成した、いわゆる“成功者”と呼ばれる人たちには、共通する思考や行動のパターンがあることが明らかになっています」(P4)。本書では、この共通する思考や行動を「9つの習慣」として紹介しています。
本書は、新書版サイズで117ページと非常にコンパクトにそれぞれのエッセンスが取りまとめられています。9つの習慣は下記に示した内容ですが、それぞれについての解説と具体的な取り組み方が紹介されています。具体的な取り組みの内容は、これまでの科学的な研究成果を踏まえたものであり、すぐにでも実践することができる手法が紹介されています。
紹介された手法には初めて聞く内容もありますが、「なるほど」と納得できるものであり、自分自身の習慣の見直しにも役立ちました。
本ブログが取り扱っているリテラシーにおいて、学びを「やり抜く」ことはとても重要なポイントとなります。本書が紹介している内容はすぐにでも着手できるものであり、学び続けていく上で身につけるべき「習慣」だと思われます。
第1章 目標に具体性を与える
第2章 目標達成への行動計画をつくる
第3章 目標までの距離を意識する
第4章 現実的楽観主義者になる
第5章 「成長すること」に集中する
第6章 「やり抜く力」を持つ
第7章 筋肉を鍛えるように意志力を鍛える
第8章 自分を追い込まない
第9章 「やめるべきこと」より「やるべきこと」に集中する
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