【読書ノート】『上流思考 「問題が起こる前に」解決する新しい問題解決の思考法』

■本書を何故読もうと思ったのか?

 筆者は、病気にならないための健康づくりや予防活動への取り組みや早期に病気を発見する仕組みづくりに関する研究を行っています。しかしながら、病気になってからの治療行為に比べて、「問題が起こる前に」行う健康づくりや予防活動への社会的な理解は得られづらいという問題に遭遇することもあります。

 そのような中、タイトルに『「問題が起こる前に」解決する』という表現がある本書(ダン・ヒース著、櫻井祐子訳「上流思考 『問題が起こる前に』解決する新しい問題解決の思考法」ダイヤモンド社、2021年)を見つけ、即座に購入しました。

 著者のダン・ヒース氏は、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得しており、現在はデューク大学ビジネススクール社会企業アドバンスメントセンターでシニフェローを務めています。

 本書では、目の前で起きている問題に直接対処することに注力するのではなく、その問題が生じている構造を正しく理解し、根本的な原因に対処する「上流思考」が重要であると言います。そして、これらの点について豊富な事例をもとに、上流思考の阻害要因と上流思考に基づく活動を実現していくための方法について紹介されています。

■本書を読んで学んだこと

(以下では、筆者が本書を読んで気づかされたり、学んだりしたことを、本書の構成に従って備忘録的に記載してあります。このため、本書を自ら読んで学びたいという読者の方は、この部分は省略して次の■からお読みください。)

CHAPTER 1 上流に向かえ

 最初に、公衆衛生学でよく紹介されるたとえ話が掲載されています。川でおぼれている子供をその都度助け続けるのではなく、上流に行って子供を川に投げ込んでいる人をやっつける、という話です。公衆衛生分野では、病人を治療し続けるだけではなく、病気にならないよう上流の健康増進や疾病予防に力をいれるべきであると教えられます。

SECTION 1 上流思考を阻む3つの障害

CHAPTER 2 問題盲

 「上流思考」を阻む障害の1つ目は、「問題盲」です。問題盲とは、「悪い結果はあたりまえ」や「そういうものだ」といった思い込みのことです。「問題は『常態化』すると見えなくなる」(本書P56)のであり、「問題盲からの脱却は、異常が常態化していることに気づいた衝撃から始まる」(本書P67)とされます。

CHAPTER 3 当事者意識の欠如

 障害の2つ目は、「当事者意識の欠如」です。これは「問題を解決できる立場にある人が、それを解決するのは自分ではないと思ってしまうこと」(本書P72)であり、これには「自分には問題に対処する資格がないと思い込んで傍観してしまう」(本書P74)場合もあるといいます。

CHAPTER 4 トンネリング

 障害の3つ目は、「トンネリング(視野狭窄)」です。「人はたくさんの問題で右往左往しているとき、すべてを解決することをあきらめる」(本書P98)のです。このトンネリングには達成感があるために、たちが悪いといいます。

SECTION 2 上流リーダーになれる7つの質問

CHAPTER 5 「しかるべき人たち」をまとめるには?

 第1の質問は、「『しかるべき人たち』をまとめるには?」です。上流活動を成功させるにはすべての重要な側面に対応できるように、「多分野」の関係者を組織することがカギとなり、これらの関係者の活動をまとめるためには「切実で有意義な目標」がカギとなります。また、多くの上流活動はデータを中心に回っており、ここでのデータ分析は「調査のためのデータ分析」ではなく、「学習のためのデータ分析」であることが重要だとしています。

CHAPTER 6 「システム」を変えるには?

 第2の質問は、「『システム』を変えるには?」です。「公平で公正な社会は、公平で公正なシステムの上に築かれる」(本書P165)ことが忘れがちであるとされます。

CHAPTER 7 「テコの支点」はどこにある?

 第3の質問は、「『テコの支点』はどこにある?」です。システムの変革をめざすには、「テコの支点を探す」ことから始めるべきだといいます。このためには、「問題に寄り添う」という方法があらゆる側面に通用する普遍的なものであり、情報源に立ち返りじっくり調べ、親身になって考えたり、疑似体験をしたりすることなどの例が示されています。

CHAPTER 8 問題の「早期警報」を得るには?

 第4の質問は、「問題の『早期警報』を得るには?」です。「解決すべき問題の早期警報を得るにはどうするか」(本書P211)を考えることが重要ですが、「警報の価値は、その問題がどれだけ重大かによって決まる」(本書P211)ものです。そして、「早期警報は、次の2つの問いを念頭に置いて設計しなくてはならない。『警報が鳴ってから有効な行動を取れるだけの時間はあるのか?』と『誤検知率はどれくらいになりそうか?』だ。」(本書P223)と述べています。

CHAPTER 9 「成否」を正しく測るには?

 第5の質問は、「『成否』を正しく測るのは?」です。「上流介入でとかく難しいのが、『何をもって成功とするのか?』という問題だ」(本書P232)といいます。ここで「成否を測る方法」と「実際にめざす結果」とが一致しないことにより「幻の勝利」に惑わされる恐れがあるとしています。幻の勝利には、指標は改善するが、それが「取り組みの成果」だと勘違いするケース、「短期指標」は改善したが、「長期目標」には近づいていないケース、「短期指標」が「目的」にすり替わり、本末転倒になるケース、の3つがあるとしています。

CHAPTER 10 「害」をおよぼさないためには?

 第6の質問は、「『害』をおよぼさないためには?」です。「どんな計画も必ず間違う」(本書P270)のであり、「計画が間違っていることを知るには、フィードバック仕組みと測定システムが絶対的に欠かせません。」(本書P171)といいます。そして、「上流活動の成功は、謙虚さを持てるかどうかにかかっている。」(本書P277)とし、「ごまかしたり固まったりせずに学ぼう。」(本書P281)と学習を続けることの重要性を指摘しています。

CHAPTER 11 誰が「起こっていないこと」のためにお金を払うか?

 最後の第7の質問は、「誰が『起こっていないこと』のためにお金を払うか?」です。上流活動の一例として、「公衆衛生(筆者注:健康増進や疾病予防)で成果を上げると、誰も病気になっていないじゃないかと言って、予算を削られるんです」(本書P286)という話が語られています。また、介入の費用負担の主体が主な利益を得ない状況がありますが、これに対して「成果連動型」モデルによる資金調達の仕組みづくりが進められているとのことです。上流活動の費用負担についての問題は、「お金のかかる問題が発生している場所はどこか?」、「その問題を防止できる最適な立場にいるのは誰か?」、「彼らにその仕事をさせるには、どんな報酬方式が必要か?」という3つの問い答える必要があるといいます。

SECTION 3 さらに上流へ

CHAPTER 12 予言者のジレンマ

 防ぎようのない問題(自然災害など)、めったに起こらない問題、とんでもなく現実離れした問題に対処するための上流活動として、コンピュータの2000年問題、災害における被害想定と実際の問題、詐欺メールへの訓練の問題などが取り上げられます。「起こりそうもない問題」には先手をうった対応が必要で、「やり過ぎ」も見える対策を取ることが必要と言います。それは、「理解がほとんど進んでいない分野なのだから、生死に関わる一か八かの賭けはしてはならない」(本書P339)からです。

CHAPTER 13 あなたも上流へ

 最終章は、個人での上流活動への取り組みのアドバイスが語られます。いくつかの事例から、「日常生活に繰り返し起こる問題があるなら、上流へ向かおう」(本書P348)という提案がなされます。そして、上流活動のために、「1.『行動』は性急に、『結果』は気長に」、「2.『マクロ』は『ミクロ』から始まる」、「3.『薬方式』より『スコアボード方式』を」という3つのアドバイスを述べています。

■本書を読んでの感想

 本書では、上流思考を阻害する3つの障害として、「問題盲」、「当事者意識の欠如」、「トンネリング(視野狭窄)」があげられています。そして、このような障害を越えて、上流リーダーが回答しなければならない7つの質問とそれに対する回答が豊富な事例をもとに提示されています。そして、最後にこれまでに一度も起こったことがない事態への対応の仕方が示されていました。

 本書の中でも公衆衛生分野に係る事例が数多く掲載されており、著者の上流思考に関する説明も私自身にとっては大変納得感のあるものでした。

 本書の中で紹介されていた、学習のためのデータ分析という考え方(CHAPTER 5)、個票データに立ち返り、問題に寄り添うことの重要性(CHAPTER 7)、間違いを知るために、フィードバックの仕組みと測定システムが絶対的に欠かせないこと(CHAPTER 10)、上流活動の費用負担の検討の必要性(CHAPTER 11)など、私たちの仕事や日常生活の行動を見直していく視点を与えてくれます。

 このように本書には、そのような取り組みに参考となる豊富な事例が紹介されています。

 私たちも、発生した問題にただ単に対応するのではなく、その問題が発生しないようにするために、どのように取り組むべきかという立場に立って、問題解決に取り組んでいきたいものです。

■本書の目次構成

 ダン・ヒース著、櫻井祐子訳「上流思考 『問題が起こる前に』解決する新しい問題解決の思考法」ダイヤモンド社、2021年

CHAPTER 1 上流に向かえ -根本から解決する「新しい思考法」

SECTION 1 「上流思考」を阻む3つの障害

CHAPTER 2 問題盲 -「そういうものだ」と思ってしまう

CHAPTER 3 当事者意識の欠如 -自分で解決できるのに気づかない

CHAPTER 4 トンネリング -「目の前の問題」しか見えなくなる

SECTION 2 「上流リーダー」になれる7つの質問

CHAPTER 5 「しかるべき人たち」をまとめるには? -多様なメンバーで問題を「包囲」する

CHAPTER 6 「システム」を変えるには? -目の前の「水」に目を向ける

CHAPTER 7 「テコの支点」はどこにある? -問題に寄り添う

CHAPTER 8 問題の「早期警報」を得るには? -価値の大きい警報を見抜く

CHAPTER 9 「成否」を正しく測るには? -「幻の勝利」に気づく

CHAPTER 10 「害」をおよぼさないためには? -「フィードバックループ」で改善する

CHAPTER 11 誰が「起こっていないこと」のためにお金を払うか? -「払った人が得をする」仕組みをつくる

SECTION 3 さらに上流へ

CHAPTER 12 予言者のジレンマ -「いまそこにない危機」に対処する

CHAPTER 13 あなたも上流へ -一個人として上流活動をする

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