最近の読書(2022年9月)

●アナ・カタリーナ・シャフナー、大島聡子訳「自己啓発の教科書 禁欲主義からアドラー、引き寄せの法則まで」日経ナショナル・ジオグラフィック、2022年

(英文タイトル The Art of Self-Improvement:Ten Timeless Truths)

 アナ・カタリーナ・シャフナー氏の経歴は、本書内では記載されていませんが、ネットで検索するとケント大学の文化史の教授のようです。本書は、「時代を超えて今なお有益であり続ける10の自己改善策を紹介する。」(P10)ものです。

 「自己改善は新しい概念ではない。実は古代にまで遡る長くて豊かな歴史を持っている。自分を良い方向へ改めたいという願いは、普遍的な欲求なのである。」(P13)としています。ここで「自己改善」と記載しているように著者は、「自己改善に関する文献と自己啓発の書籍とを、はっきり区別」(P13)することを強調しています。古くからある自己改善の文献の目的は「神学者や教師、心理学者などという第三者の力を借りずに、自分で自分を改善していく手段と能力を身につけさせることだ。」(P13)としています。しかしながら、自己改善への人びとの取組みに影響する「役目のほとんどを自己啓発産業が担ってきている。」(P17)のが現状だと認識し、その問題点を指摘します。

 「第1章 自分を知る」ことについて、「自己の概念については、いまだに統一された見解がない」(P30)とし、哲学者ジュリアン・バジーニの3通りの区分(「無我」、「関係的な自己」、「原子的な自己」)(P30)を紹介します。その後、パーソナリティ類型論、気質類型論(P31)、フロイトの無意識の概念(P35)、こころの知能指数(EQ)(P43)、ユングのタイプ論(P44)、マイヤーズ・ブリッグスタイプ指標(MBTI)(P51)、ビッグファイブ(特性五因子)論(P52)といったパーソナリティテストなどの系譜が紹介されます。

 「第2章 心をコントロールする」では、「思考をコントロールすることによって感情もコントロールできるという考えは、多くの自己啓発書が前提としているものだ。」(P60)、「この自分の心を自分で治めたいという願いは、大昔の人たちも持っていた。」(P60)ものです。「感情に蓋をするのではなく、感情を理性的に見極め、その動揺している感情から抜け出すよう自分自身に訴えかける」(P60)ストア派、「思考には『引き寄せる力』があると言い切る」(P62)マジカルシンキング、1990年代に台頭したポジティブ心理学(P82)などが取り上げられます。

 「第3章 手放す」という考えが、「西洋ではエゴ(自我)に力を与え、効率的に欲望を追求するためのものであるのに対して、東洋では自分を高めるための手段である。」(P90)とし、老子の道徳教(P91)、仏教の教え(P94)が紹介されます。その後、西洋のアウグスティヌスの「告白」(P96)、ディーパック・チョプラの「人生に奇跡をもたらす7つの法則」(P98)、ラス・ハリスの「幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない」(P100)などのいくつかの書籍が紹介されます。

 「第4章 善良になる」では、「ほとんどの哲学や宗教で、利他的行動はもっとも高い倫理的価値として位置づけられている。」(P112)として、孔子、仏教、ギリシア哲学、イエスの教えに触れます。その後、スティーブン・R・コヴィーの「7つの習慣」、アルフレッド・アドラー(岸見一郎氏と古賀史健氏の「嫌われる勇気」、ダイヤモンド社により、日本で注目され、そのあとに西洋に逆輸入されました。(P129))、V・E・フランクル(P131)などが取り上げられています。

 「第5章 謙虚になる」では、「謙虚さとは、物事の秩序のなかの自分の位置を知ることで、自然にあふれてくる慎み深い気持ちのこと。」(P138)、「自分の欠点を認め、直していくために、自分以外から教えを請う姿勢のことでもある。」(P139)であり、「謙虚さは学ぶ力を高め、自己を改善していくのに必須の条件なのである。」(P139)といいます。現代に蔓延した病と言えるナルシシズム」(P140)に対し、「自尊感情に批判的な目を向ける心理学者が増えて」(P141)きており、「自制心と自己修養に目を向けなければ」(P141)という意見も出てきています。

 「第6章 シンプルに生きる」では、「人々が生活を簡素化したいと願うのは」(P170)、「禁欲」という形で古くから実践されてきており、「禁欲主義はすべて、質素であることが高い精神性につながるという考え方が根底にある。」(P171)といいます。ルソーの「孤独な散歩者の夢想」(P172)、H.D.ソローの「ウォールデン 森の生活」(P176)、こんまりの「人生がときめく片づけの魔法」(P180)、カル・ニューポートの「デジタルミニマリスト」(P185)、コロナ禍によるニューノーマル(P190)などの動向が紹介されています。

 「第7章 想像力を働かせる」では、「人は、自分や自分の置かれている状況を改善すれば素晴らしい見返りがあるとはっきりイメージできたときに限り、そのための行動を取ろうとする。」(P194)ため、「想像力は欠かせない」(P194)と言います。この想像力を高めるために、物語の力を借り「偉人がどう生きたかという実例を集めた」(P198)S.スマイルズの「自助論」が自己啓発ジャンルを確立した本といわれたそうです。また、イマヌエル・カントの「啓蒙とは何か」(P201)、ニーチェの「ツァラトゥストラ」(P205)の「自己超克」の概念、エミール・クーエの「暗示で心と体を癒しなさい」(P208)、「神経言語プログラミング(NLP)」(P211)等について言及されます。

 「第8章 やり抜く」では、ダックワースが「やり抜く力」という著書で「人生に成功をもたらすためには粘り強さが必須の条件である。」(P221)と述べて以来、「自己啓発分野では、それまでの手っ取り早い解決法ばかりに向けていた目を、粘り強く努力を続けるほうへ向け、その重要性を認めるようになった。」(P222)とされています。サミュエル・スマイルズの「自助論」(P224)、M・スコット・ペックの「愛すること、生きること」(P228)、ジョーダン・ピーターソンの「生き抜くための12のルール」(P231)、スティーブン・R・コヴィーの「7つの習慣」(P233)、チャールズ・デュヒッグの「習慣の力」(P236)、アンジェラ・ダックワースの「やり抜く力 GRIT(グリット)」(P238)などについて紹介されます。

 「第9章 共感する」では、「昔から人は、他人からの評価を求めてきたが、好感度は20世紀以降の自己啓発書の重要なテーマの1つである。」(P247)としています。他人からの評価として、君主に関してニッコロ・マキアヴェリの「君主論」(P249)、宮廷人に関するバルダッサーレ・カスティリオーネの「カスティリオーネ 宮廷人」(P253)、デール・カーネギーの「人を動かす」(P256)、ロミラ・レディとケイト・バートンの「初心者向け神経言語プログラミング」(P260)が取り上げられます。最後に、「他人の立場に立ち、その人の視点から世界を見て、共感しようとする」(P248)メンタライズの難しさに言及します。(P263)

 「第10章 今を生きる」方法を学ぶ「マインドフルネス」(P268)は世界中で流行しています。「今を生きる」ことが「実践できれば抜本的に自分を変えられるテクニック」(P272)で、「ものの見方や意識の改革が必要」(P273)だとしています。仏教の瞑想(P273)、ジョン・カバットジンの「マインドフルネスストレス逓減法」(P276)、エックハルト・トールの「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」(P280)、ノーマン・ドイジの「脳は奇跡を起こす」(P282)、「マック・マインドフルネス」(P284)について紹介されます。

 本書では、現在の自己啓発への取り組みを歴史的な観点から位置づけなおしてくれています。人類が自己改善ということで取り組んできたものが、現在ではその時代背景を踏まえ自己啓発産業になってきていること、自己改善には時間がかかるにもかかわらず、早期に改善できるようなことがらに注力されていることなど、その問題点が指摘されています。

 本書の10のテーマについて、自分自身が取り組む際には、自己改善のどの分野に取り組むのかを決め、過去の人びとがどのような考えで取り組んできたか、西洋と東洋でどのようなちがいがあるのかを考えつつ、現在から近未来にかけて自身がどのように自己改善したいかという目標を見据えて主体的に取り組んでいくことが求められるでしょう。

 自己啓発に関心のある人が、取り組む分野の歴史的背景を踏まえて俯瞰的に自己啓発の全体像を理解し、自身が取り組む際に読むべき書籍も把握できることから、手元において、都度必要な個所を参照できる「教科書」と呼ぶにふさわしい書籍だと思います。

【目次】

はじめに

第1章 自分を知る

第2章 心をコントロールする

第3章 手放す

第4章 善良になる

第5章 謙虚になる

第6章 シンプルに生きる

第7章 想像力を働かせる

第8章 やり抜く

第9章 共感する

第10章 今を生きる

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