●クリスチャン・ブッシュ、土方奈美訳「セレンディピティ 点をつなぐ力」、東洋経済新報社、2022年
著者のクリスチャン・ブッシュ氏は、ニューヨーク大学とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで、パーパス・ドリブン・リーダーシップ、イノベーション、アントレプレナーシップを教えています。
「本書のテーマは、偶然と人間の志や想像力の相互作用、すなわち『セレンディピティ』だ。セレンディピティを定義すると、『予想外の事態での積極的な判断がもたらした、思いがけない幸運な結果』となる。セレンディピティは世界を動かす隠れた力であり、日々のささやかな出来事から人生を変えるような事件、さらには世界を変えるような画期的発明の背後に常に潜んでいる。」(Pⅵ)
本書は、「セレンディピティが生まれるメカニズムを解明する科学的研究と、世界各地で自分と周囲のためにセレンディピティを起こした人々の事例をもとに、みなさんの人生において幸運なサプライズがもっと頻繁に起こるようにする、そしてそこからより良い結果を得られるようにするための理論的枠組みとトレーニングを提供する。」(Pⅷ)ものです。
「第1章 単なる幸運とセレンディピティの違い」(P1)では、「セレンディピティはそもそもコントロールできるものではないし、もちろん予測などできない。ただセレンディピティが起こりやすい状況を生み出すことはできる。」(P3)ものです。
セレンディピティには、
「類型①アルキメデス型 解決したい問題への予想外の解決法」(P11)
「類型②ポスト・イット型 別の問題への予想外の解決策」(P13)
「類型③サンダーボルト型 予想外あるいは潜在的問題へのたなぼた的解決策」(P14)
という3つの類型があることが研究で明らかになっているとされています。
セレンディピティは、「ある人に何か予想外、あるいはふつうではないことが起こる。(一部略)これがセレンディピティ・トリガーだ。」(P19)、「その人がトリガーをそれまでかかわりのなかったことと結びつける。(一部略)それまで無関係と思われていた事実や出来事を結びつけることを『バイソシエ―ション』という。」(P19)、「実現した価値は(一部略)は完全に予期せぬものだということだ。」(P19)という3つの特徴をもっています。
「第2章 妨げになる4つのバイアスを自覚する」(P26)では、セレンディピティの妨げとなる4つのバイアス、「『予想外の要因の過小評価』、『多数派への同調』、『事後合理化』、『機能的固定化』」(P29)がとりあげられています。
4つのバイアスのうち、「事後合理化:後知恵の功罪」を紹介すると、「私たちの脳は刺激(音や画像)に反応し、見慣れたパターンや既知の存在を探し求め、何もないところに何かを見つけたりする。「パレイドリア」という現象だ。」(P40)、「目の前の事実に基づいて物事を理解しようとし、一面的なとらえ方しかしない。あるいは実際に起きたこととはまるで違ったストーリーをつくってしまう。」(P42)、「現実は『曲がりくねったストーリー』である」(P44)といった理解の重要性が指摘されています。
「第3章 『リフレーミング』で感度を高める」(P61)では、セレンディピティを起こす感度を高める方法としてのリフレーミング(枠組みの転換)を取り上げます。
「認知科学や経営学の研究では、予想外の事象に気づくか否かのカギを握るのは注意力、つまり『感度』であることが明らかになっている。」(P62)とされています。
「リフレーミング(枠組みの転換)によって、私たちは実現可能な出来事や状況を思い浮かべることができるようになる。そして自分にはそれに向けて行動する力がある、トリガーを発見して点と点をつなぐ力があると考えるようになる。それがセレンディピティを生み出すのに役に立つのだ。ここでカギを握るのは、思考や行動の変化だ。」(P71)
このためには、「あらゆる状況を問題としてではなく、学習の機会としてとらえる」(P71)、「他にはどのような可能性があったか考えてみる(反事実的思考)」(P73)、「幸運な人は状況を把握し、そこから何かを学ぶために問題の根本原因を突き止めようとする。」(P75)などを行うことが、リフレーミングを生み出す例として示されています。
また、科学発見の原動力となってきた「なぜ?」というオープンエンドの問い(P98)、「反復的問題定義」(P103)、「『ポジティブ・デビアンス(好ましい逸脱)』と呼ばれるアプローチ」(P112)などの方法もセレンディピティを生み出す例として取り上げられています。
「第4章 自らセレンディピティを求めるには」(P120)では、「全体的な意欲あるいは『目指すべき方向性』があると、セレンディピティが起こりやすく、良い結果につながりやすいことが研究では示されている。」(P121)としたうえで、個人レベルでの取り組みに関する様々な事例が紹介されています。
「第5章 トリガーの種をまき、点をつなげる方法」(P172)では、「興味を持っているのか、何を探しているのかという潜在的トリガーを自ら発信しなければ、それが周囲に伝わるはずがない。」(P174)として、様々な手法の事例の紹介がなされています。
「第6章 好ましい偶然を好ましい結果に変える方法」(P222)では、「セレンディピティにはたいてい『インキュベーション(培養)期間』があり、それをくぐり抜けるためには粘り強さと知恵が必要なのだ。」(P226)ものであり、「完璧を求める期待から自由になる」(P228)、「自分を信じることを学ぶ」(P232)、「現状への不満は、高い理想の裏返し」(P241)といった取り組み姿勢が紹介されています。
「第7章 人的ネットワークとセレンディピティ」(P278)では、「ネットワークが特定の人間関係を発展させるのに役立つものであるのに対し、コミュニティは帰属意識や社会的アイデンティティを与えてくれる個人間の結びつきであり、セレンディピティのベースレートに変化をもたらすこともある。」(P286)とネットワークとコミュニティとの差異を踏まえて、人的ネットワークの事例が紹介されます。
「第8章 組織のセレンディピティを高めるには」(P307)においては、「心理的安全性」(P309)の重要性が強調されています。心理的安全性とは、「自己イメージあるいは自らの立場やキャリアに悪影響を及ぼすのではないかという不安を感じずに、自分らしくふるまうことができるかどうかを指す。」(P309)もので、「心理的安全性」を高める3つのステップには、「ステップ1 環境を整える」(P312)、「ステップ2 発言を促す」(P313) 「ステップ3 建設的に対応する」(P314)が紹介されています。また、組織としての取り組みの事例も数多く紹介されています。
「第9章 あなたのセレンディピティ・スコアをつける」(P358)では、「セレンディピティ・プロセスの構成要素(セレンディピティ・トリガー、点と点を結ぶ、賢明さ、粘り強さ)」(P374)の38項目について、「強くそう思う」が5、「強くそう思わない」が1の5段階で回答するセレンディピティ・スコアを提示しています。このスコアは他人と比較するものではなく、1週間後、1ケ月後、その後定期的に自分自身がどう変化していったかが重要だとしています。
「第10章 賢く運を引き寄せるためにできること」(P381)では、「成功をもたらすのは運かスキルのどちらかだ、という昔ながらの発想はそろそろ捨てたほうがいい。むしろ主体的に、賢く運を引き寄せるためのマインドセットを身につけ、環境を整えるための努力をするべきだ。セレンディピティ・マインドセットとは要するに、世界をどのような枠組みで視るかの問題だ。」(P382)
【目次】
序章 セレンディピティ:世界を動かす隠れた力
第1章 単なる幸運とセレンディピティの違い
第2章 妨げになる4つのバイアスを自覚する
第3章 「リフレーミング」で感度を高める
第4章 自らセレンディピティを求めるには
第5章 トリガーの種をまき、点をつなげる方法
第6章 好ましい偶然を好ましい結果に変える方法
第7章 人的ネットワークとセレンディピティ
第8章 組織のセレンディピティを高めるには
第9章 あなたのセレンディピティ・スコアをつける
第10章 賢く運を引き寄せるためにできること
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